記事一覧

ラッセルとブッダの思想

先日、自分のブログ(パソコンが故障した!)で「早く平穏な日常に戻りたいものだ」と書いたが、昨日の未明から9月にやった右足首捻挫の後遺症による痛みが出てきた。しかも昨日は今年最後のゴルフコンぺで最悪のタイミングだ。
一昨日にコンペに備えて練習場に行ったのが原因か、それとも2回分の燃えるごみを出した(マンション3階の階段を下りなければならない)のが原因か、その両方なのかわからないが、とにかく若干の違和感は残っていたものの捻挫はほぼ完治したと思っていたぼくにはショックだった。それでもゴルフバッグと荷物をもってゴルフ場にはたどり着くことができ、午前中も何とか回ることができたが、午後になって痛みが激しくなりゴルフクラブを杖代わりに足を引き摺ってプレーする始末。それでも何とか気力で午後も回りきることができた。ところがだ。痛みの少なかった午前中のスコアは53で激しい痛みに耐えた午後のスコアは44!ゴルフの上達は右足の使い方に秘密がありそうだ(笑)。

そんなことはともかく、タイトルの本題に入ることにするが、前置きが長くなって時間が少なくなってしまったので簡単に紹介する。本来重いテーマなのでまた機会があれば別に書きたいと思う。
ぼくのブロ友の亀さんのブログでバートランド・ラッセルの「幸福論」を紹介されていて(幸福論)、コメントで実はぼくも若いころにラッセルに傾倒していたこと、今はラッセルの幸福論を捨てて、むしろブッダの思想に傾いていることを伝えた。
ラッセルの「幸福論」は今でも読むに値する本だと思うし内容は結構深いのだが、ぼくがエッセンスだと思う一節を紹介する。
「外的な条件が決定的に不幸なものでない場合、そしてその人の情熱と興味が彼自身の内部に向かってではなく、外側に向かって動いているかぎり、人間は幸福を達成することが必ずできるのである。」(角川文庫「幸福論」 17 幸福な人間)
「一人の人間がいっそう多くの興味をもてばもつほど、それだけ彼は幸福の機会を多く持つわけである。そしてそれだけ運命の慈悲にすがりつかなくてもいいわけである。なぜなら、彼が一つの事物を失えば、彼はもう一つ事物のもとにおもむくことができるのだから。・・・内向的人間とは彼の前にくりひろげられた多彩なこの世の眺め(スペクタクル)から眼をそらし、ただひたすらに内なる空虚の世界を凝視する人間にほかならない。だが、いずれにせよ、このような内向的な人間のもつ不幸のなかに何か偉大なものがあるなぞと、空想しないことにしようではないか。」(角川文庫「幸福論」 11 熱意)

ぼくが若いころ収集したラッセルの著作
IMG_0081_convert_20171215160025.jpg

それに対してブッダは「内向的な人間のもつ不幸」を極限まで凝視して「人生は苦である」と結論し、その解決策を考えた人だと思う。
そのブッダの思想を分かりやすく面白く講演してくれるNHKのラジオ番組(無料のアーカイブ)を見つけたので貼っておく。

人間を考える よりよく生きる」 (来年2月8日までの期限付き)
らじるらじる1

らじるらじる2


らじるらじる4



スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

YUKI

Author:YUKI
■性別:男
■年齢:後期中年
■趣味:ネット、ゴルフ、マンガ、映画、読書、外国語
■好きなもの:自由、睡眠、酒、タバコ、ネコ

最新記事

最新トラックバック

FC2カウンター

カテゴリ